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明治 6年(1873) 創立第33番小学校
明治 8年(1875) 谷川小学校と改称
   20年(1887) 谷川尋常小学校と改称 1250番地に校舎新築
   39年(1906) 谷川尋常高等小学校と改称
昭和 9年(1934) 室戸台風」のため、一部校舎倒壊、一部仮校舎
   16年(1941) 谷川国民学校と改称
   22年(1947) 多奈川町立小学校と改称。高等児童は、多奈川中学校へ
   26年(1951) 校歌制定
   30年(1955) 町村合併により、岬町立多奈川小学校と改称
   31年(1956) 小島分校校舎落成
   41年(1966) 西畑:東畑分校廃止して、本校と合併
   48年(1973) 創立100周年。
   55年(1980) 現在地に新校舎落成、移転。
   56年(1981) プラネタリュウム完成。
   61年(1986) 小島分校廃止。本校と合併
平成11年(1999) 新校舎移転20周年事業。
   15年(2003) 創立130年事業。



【歴史】

谷川港は天然の良港であったので、言い伝えによると、古くは豊臣秀吉が朝鮮出兵の時この港から出帆したとか、江戸時代の参勤交代に四国からの大名が本陣をはったと言われ、地名にも「豊国崎」がつけられていたり、「淡路屋」「阿波屋」「土佐屋」といった屋号が残っています。また、盆踊りの音頭にも「浄瑠璃」の節が唄われるなど、海路での交通の要所であり繁華街であったことが伺われます。

 この地域は、質のよい粘土が産出されたことから、戦前までは「瓦産業」が盛んで、村中の人々が何らかの形で従事していました・・・土を掘る職人、運ぶ船や牛車を引く人、粘土を素足で練る人、形成する腕のよい職人、瓦を乾燥させるために並べる子どもや女たち、だるま窯での焼きでは夜中じっと火の色を見る親方、最後に松葉をくべていぶし、まさにいぶし銀の極上の瓦が出来上がります。窯出しの時、まだ冷え切らない窯に入って瓦と瓦の間に挟んだセン拾いは、「すばい坊主」と呼ばれる子どもの仕事でした。平瓦は、5枚一組を縄で縛られ、谷川港から船で全国へと運ばれました。船に瓦を積み込む時、5枚一組に対して1枚の札(竹製の細長いヘラ)をかごの中にポンポン投げ入れて数を数えました。つまり、札の数×5で瓦の総数が分かる仕組みになっていたそうです。

3階郷土資料室には、迫力ある鬼瓦などが展示されています。





 本校は、昭和55年現在地に移転するまで、入港許可証(札)を発行していた船着き場の近くに建っていたことや、数を数えるために竹製のヘラ(札)を用いていたことから、『ふだば(札場)の学校』と呼ばれていました。戦後、瓦産業が衰退の一途をたどる中で、学校移転の折、地域の人たちは何とか『瓦の歴史』を子どもたちに残したいという思いがありました。瓦や窯そのものは残せないが、瓦船が航海時に星空見上げて舵を取ったことから、プラネタリウムを設置してくれました。今では、月1回の天文教室はもちろんのこと、町内の保育所・幼稚園、町主催の天文教室にも活用されています。




プラネタリウムは、冷暖房完備・50人用の座席があります。







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